昆虫界きっての道楽者 キリギリスを探して-16

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キリギリスはキリギリス?

 映画「ラストエンペラー」でちょっと気になることがある。確かにキリギリスは登場する。しかし英語の台詞ではcricketと言っている。字幕も「コオロギ」である。しかし、画像は間違いなくキリギリスなのだ。
 キリギリスは漢字にすると「螽斯」だが、「蟋蟀」とも書く。蟋蟀はコオロギでもある。古来日本では秋に鳴く虫を総称して、コオロギとしていた。中国でも鳴く虫は蟋蟀だったので、そのまま漢字があてがわれた。コオロギ、キリギリスを明確には分類したのは、近代になってからと思われる。百人一首で出てくる「きりぎりす」も実はコオロギというのが大方の見解ではある。では、キリギリスは何と呼ばれていたかというと、「機織り(はたおり)」らしい。機織りの音に似ていることから名付けられた。確かにギーッチョンとギーッタンは似ている。ちなみに、コオロギはキリギリスと呼ばれ、さらにスズムシはマツムシと呼ばれていたとか。
 つまり「ラストエンペラー」のcricketは歴史的には間違っていない。それに英語圏ではいまだにキリギリスをcricketと呼ぶことが多い。英語圏では「アリとキリギリス」は「The Ant and the Grasshopper」。Grasshopperってバッタじゃないか。まあ、こんな調子だから、英語の表記は仕方ないといえば、仕方ない。しかし日本で公開されたのは1987年。せめて字幕は「キリギリス」にしてほしかった。今の日本でキリギリスをコオロギと呼ぶヒトなどいないのだから。

 太宰治の短編に「きりぎりす」という話がある。キリギリスは最後まで登場しないのだが、突然出てきたのは「こおろぎ」である。そして2行ほど後には「きりぎりす」と呼んでいる。何か意図を持って呼び変えているかというと、そうでもない。何の説明もなく、同じ虫を別名にしてるのだ。太宰治といえば近代である。それなのに、この程度の扱いである。

第一話

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